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紅葉の京都☆ぶらり旅 ~二条城・後編~
2013 / 12 / 13 ( Fri )
二条城の高台に登って、京都の街を眺めます。




向こうに見えるのは何て山かしら?


131201-e2.jpg

落ち葉がすごくキレイに集められています。


131201-e3.jpg

二条城の紅葉もキレイですねー!


131201-e4.jpg

照る輝る紅葉。


131201-e5.jpg

イチョウの葉がきちんと寄せられてますね。
キレイにお掃除して頂いてありがとうございますm(_ _)m


131201-e6.jpg

歩いて疲れたのか、少しお昼寝をさせて貰ったら、いつの間にか晩ご飯が用意されてました!
お肉たっぷりの親子丼(*´∀`*)うわーい♪って、寝てただけで、上げ膳据え膳申し訳ありません!!


京都旅。とっても甘えさせて貰った2日間でした!!


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さてさて、京都で話したマジ話はコチラをどうぞ~!

↓ ↓ ↓
前夜、一緒に飲んでた時に聞いた。


「そう言えば、あの時仕事辞めた理由って何なんですか?」


今だから、もう聞いても大丈夫だと思った。

当時、お互い仕事で悩んでた(私は今も・・・)

飲み会の後、二人で駅まで歩いてた時、私に対して、兄さんは「お前それだけの才能あって◎◎(今の職場)かぁ・・・勿体ねぇなぁ・・・」と言ってくれた。吃驚したし、その言葉の本当の意味は分からなかったけど、涙が出そうなくらい嬉しかった一言。

あちらの「辞めたい」という理由、いくつか例として列挙したけど、返ってくる言葉は「違う」「そんなんじゃない」「もっとすごい」だった。



「・・・賃金未払」


「えっ(゚_゚;)」


「・・・16ヶ月」


「えぇぇぇぇーーーー??!!(゚Д゚;)」



声上げた後で、「京都に行く」と突然言う前、一緒に居た16ヶ月間の事を思い出した。。。


「・・・・・それでよくテニス来てましたね・・・・・」


何とか出てきた言葉はそれだった。


兄さんは「うん」と言って笑った。



会費も毎回払ってくれてた。休む事も無く、球出しもいつもしてくれてた。飲み会も断る事無かった。金銭的な厳しさを口にする事も無かった。

貯金があるからこそ出来た事かもしれないけれど、だからと言って、そんな状況にあるだなんて、顔に出すような事は無かった。



陰湿なイジメの話も聞いた。


「はぁ?!何それ?!子供かよ?!」

「大人がやるからこそタチ悪いしマジこえーんだって」

「あの時、ホント誰かに刺されるんじゃないかと思った」


姉さんは当時思ってた事、語ってくれた。

私達、そんな事全然知らなかった・・・理不尽な対応と戦うべく、当然の権利としてやった事で、会社と折り合い悪くなったり、陰湿なイジメがあったり、裁判所や弁護士や労働基準云々とやり取りしてたなんて。

会社内で殆ど孤立無援だったけど、唯一味方してくれてたのが、経理のオバちゃんだったとか。


「だからさー、一人の人間が悩んでる事なんて小さいモンなんやって!お前のメールに書いてあったけどさ、白山登って『悩む必要なんて無かった』って。その通りなんやって!」

私自身、ここ暫くイラッとしたり凹んだり、色々あったけど、いっぱい話聞いて貰って(メール35通も送った。Wordにして60p以上 笑)、いっぱい励まして貰った。

エーン゚(゚´Д`゚)゚ヾ(^_^ )ヨシヨシ


「お前の人生まだまだこんなモンじゃない!」

「もっともっとすごい出来事あるやろうし、もっともっとすごい人間にも出会えるハズや!」

「この程度で落ち込むな!」

「人生楽しんだモン勝ちや!」


有り難~いお言葉も頂いた!はい、仰る通り!!(`・ω・′)ゞ



兄さんが「京都に行く」と決めた時の、当時の事も話してくれた。


「あの時お前を一番信頼してた。だから一番最初に『京都に行く』って言った」とな。


そうとは知らず、言われた本人はその時 エエェェェェェ!!!!Σ(◎Д◎;) 絶叫して頭真っ白だったんですケド・・・。



「“才能”って言ってくれたじゃないですか?あの時、一体何を才能って言ってくれたんやろう?って思ってたんですけど・・・(略)・・・だって、そんなの当たり前の事じゃないですか?」

「その『当たり前』が出来ん人間の方が世の中多いんやって!出来ん人間に限って文句言ったりワガママ言ったり。けどお前は嫌な顔一つせずに自分から進んでやるし、しかも完璧にこなす。それを『当たり前』やって思っとるんやろ?それは才能やぞ!」



私はずっと自分が“つまらない人間”だと思っていた。

ずっと才能だと信じていた事も「この程度、誰でも出来る」って言い聞かせて、何もかも諦めた。


5年前、とても辛い事があって、ずっと笑えなくて、喋れなくて、溜め息ばかり吐いて、暗い顔してた時・・・私は自分がそうだとは気が付かなかったけど、大学のゼミの子達はすぐに気が付いて・・・いつもご飯を作ってあげてた私の代わりに、私にご飯を作ってくれた。
そして、一人がある人の似顔絵を描いて、私が大ウケして笑いが止まらなくなった時、

「いやー良かったよ、へる(仮名)ちゃんが元気になってくれてさー」

「だよねー、今日みんなそのために集まったんだもんねー」

と言って、皆満足そうに黙って頷いてくれた。私は、何も・・・知らなかった・・・。


3年前、再び同じ状況に陥った時、助けてくれたのは、一緒にテニスをしていた人達。
助けを求めていたのも、状況知っていたのも、会いたいと思っていたのも、大学のゼミの子達だったけれど、

「大丈夫?みんな心配してるよ!」

そうメールが来て、飲み会の提案をしてくれた。
助けを求めた事は無かったし、テニスだけの関係だと思っていたのに、いつの間にか、私の心の支えになっていた。



そして今、大学の子達も、テニスの人達も、私の事を本気で怒ってくれて、心配してくれて、「勿体ない」と言ってくれる。
目に見えるものではないものを「才能」と言って、評価してくれる。

それは多分、私が彼らと本気でぶつかってきて、上辺だけではない、本気の自分を見せてきたから。
それ相応の事をしてきた・・・だから、ピンチの時には必ず助けてくれる、そんな関係に成り得たんだろう。


どの人も私の背中を押してくれた。その気持ちを、無駄にしちゃいけない。


お金では買えない人間関係・・・大切な人達が、私に進むべき道を示してくれた。



私は身も心もボロボロになってから、「こんなんじゃダメだ!自分の人生変えてやる!!」と決意した。

その時決めた事は3つだけ・・・「後悔しない人生を送る」「いつも笑う」「自分の好きな事を忘れない」


昔の私を知っている人は、今の私の生き様を見て「すげぇなぁ」と連呼していた。
「雰囲気変わったな」「キレイになったな」とも言ってくれた。

それは多分、痩せたとか、化粧をしたとか、そんなんじゃなくて、今の私が自分の生き方に自信を持っているから。人生楽しんでいるから。

その話をすると、兄さんも姉さんも「その通りやと思う」と頷いてくれた。
何しろ、私の人生のどん底~復活までを知ってる人達ですからね、分かってますとも。


「すぐじゃないかもしれない。時間は掛かるかもしれない。でも、いつか必ず、そう思える日が来るから・・・俺より若くてそんな事言うな!」


自分の人生儚んで、自暴自棄になっていた時に、兄さんが私に掛けてくれた言葉。


今は誰からも評価されないかもしれない。
皆私の事を指差して「バカだ」「愚かだ」と笑うかもしれない。

私はそれでも構わない。本当に私の事を知っている人達が評価してくれればそれで良い。

「あんなつまんない人間だったのに、どうしてあんなに楽しそうなんだろう?」

20年後、30年後、40年後・・・きっと、誰よりも羨ましがられる人生を私は歩んできた、そう自負出来ると信じている。
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